受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍

読んだ。
Jpn J Clin Oncol. 2016 Aug 10.
受動喫煙によって肺がんになるリスクが1.3倍ということがメタアナリシスによって示され、「ほぼ確実」から「確実」とグレードアップされましたよ、という元論文。
 
COI:筆者ら、国立がん研究センターとは一切関係ないが、私自身は嫌煙者である。
 
ことの発端は、国立がん研究センターのプレスリリースである。
http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20160831.html
それに対してJT がコメントを発表した。
受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント | JTウェブサイト
すると、科学的見地から国立がん研究センターが反論してきた、という話。
受動喫煙と肺がんに関するJTコメントへの見解 - 2016年9月28日 - - 国立研究開発法人 国立がん研究センター
 
論文自体は、至極まっとうなメタアナリシスの論文である。もともと海外の集団を対象にしても、受動喫煙で1.3倍の肺がんリスクが言われていた( J Natl Cancer Inst 1986;77:993–1000.)。ということで日本でのエビデンスを構築する。
マテメソを読むと、メタアナリシスのお作法に従って、
非喫煙の日本人集団を対象として、受動喫煙(SHS)した(された)人が、対照である非喫煙の非SHS の人に対して、
肺がんの発生もしくは肺がんの死亡のアウトカムがどうなるか、を調べたい。
調査する論文はコホート研究もしくは症例対照研究である。結果として4つのコホート研究と5つの症例対照研究が選ばれ、男女の区別や受動喫煙の頻度、出版バイアスなどを調整しても、平均して1.28倍、少なく見積もっても1.1倍の、受動喫煙による肺がん発症もしくは死亡リスクがある、としている。
 
疫学をまったく知らない()素人がJT コメントに対してコメントしてみる。(統計を知らないとはいってない
私のメタアナリシスについての知識はこの本を超えない。

これは、過去に実施された日本人を対象とした疫学研究論文から9つの論文を選択し、これらを統合して統計解析したところ

メタアナリシスといわれる手法を指して言っている思う。9つの選び方がさも恣意的だと言わんばかりである。
マテメソでは論文選択の基準を宣言していて、ひとまずPubMed でキーワード設定をして論文を一括検索して、3人の著者のうち少なくとも2人が選定し、ラストオーサーである人が確認している。意見が割れた場合は相談したらしい。
コホート、症例対照研究でリスクを報告しているものを解析対象としている、というのも、リスクがないと統合した数値解析ができないから。
 
こうして、425の論文が最初にヒットしたけど、なんだかんだで9件になった。
425は多いと思うかもしれないが、論文として検索できるものが425なので、これは、受動喫煙の害をものすごく報告したい人たちにとっては「受動喫煙がものすごいリスク上げる」という結果が出たらドヤ顔で論文にするが、「変わらない/下げる」という結果になったらむしろ黙殺したい結果である。同様に、受動喫煙の害をものすごく報告したくない人にとっては、「上げる」という結果は黙殺したいけど、「変わらない/下げる」という結果は報告したいのである。これは出版バイアスといわれる。
論文として引っかからなかった結果をどうやって推定するのかというと、funnel plot という方法がある。これは、選定した論文がたとえば、「受動喫煙により肺がんリスクが上がる」という論文ばっかりが選ばれていたとしたら、白い三角形のみぎ側ばかりに点が偏った図となる。横軸は肺がんリスク、縦軸は選定された各論文の誤差がプロットされている。各論文に使われた症例が多いと、誤差が小さくなるので上のほうにプロットされ、症例が少ないと誤差が大きくなるので三角形の底のほうにプロットされる。見た目、左右均等にばらついているので出版バイアスはなさそう、となる。データが欠損している論文を除外しても結果は変わらなかったので、解析は頑強だとしている。
 

JTは、本研究結果だけをもって、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づけることは、困難であると考えています。

実は、JT が言っているこの部分は、正しいのは正しい。というのは、因果関係を本当に証明することは不可能だからである。
本当の因果関係を証明するには、ある個人が受動喫煙し、その人の人生が終わるまでに肺がんを生じるかもしくは肺がんで死ぬか確認し、そしてその人がタイムマシンで受動喫煙を開始する時点まで戻ってまた人生が終わるまで...というのを大数の法則に従うまで無限回繰り返してある個人が受動喫煙で肺がんになる確率p_iを求め、それを次の個人で...ということをしないと、(神様だけが知っている)「真の因果関係」というものはわからないのである。
これを指して、「本研究だけでは困難」と言っているのであれば、それはそうである。
 
そうではなくて、疫学研究では因果推論という分野があるらしい。推論というくらいなので推定である。わからないものをわからないなりに決めないといけない。
となると、重要なのは証拠の積み重ねである。医学研究には証拠レベル(エビデンスレベル)というものがあり、メタアナリシスは1つだけでもかなりレベルの高い証拠、という認識がある。
もちろん、メタアナリシスもピンキリで、レベルの高いメタアナリシスもあればレベルの低いメタアナリシスもある(ガイドラインに従いきれてないとか、選定した論文たちがそもそも質が悪いとか)。私はメタアナリシスの専門家ではないので、今回のメタアナリシスのレベルが低い、とJT が分かっているのだとしたら、JT の統計部門はすごいと思う。
 
ただ、「本研究結果だけをもって」というのはアレで、先にも言った通り、重要なのは証拠の積み重ねである。今回の論文もそうだし、海外や他の研究グループがそう言っているのだから、さすがに「いや違います」とも言えなくなってきているのではないか、ということ。
ここで「他の研究グループがそう言っている」というのは、「データがそう言っている」のであって、ただ単に声がでかいという意味ではない。
 

受動喫煙を受けない集団においても肺がんは発症します。

正しい。正しい、けど

例えば、今回の解析で選択された一つの研究調査でも、約5万人の非喫煙女性中の受動喫煙を受けない肺がん死亡者は42人であり、受動喫煙を受けた肺がん死亡者は46人でした。

「非喫煙女性中の受動喫煙を受けない肺がん死亡者」の母数は約5万人ということはわかった。だが、「受動喫煙を受けた肺がん死亡者」の母数も5万人でいいの?
というわけで原著論文 Asian Pac J Cancer Prev. 2007;8 Suppl:89-96. をみると、Table 7 の Passive Smoking and Lung Cancer in Nonsmokers に、ほとんど毎日受動喫煙する女性群の178809人年(1人を1年間追跡できたという意味)で46の肺がんが生じている一方で、まったく受動喫煙を受けない女性群では142393人年で42の肺がんが生じており、リスクでは1.06 [0.68, 1.64] だからほとんど変わらない、と言っている。
これはこれで正しいが、この指摘は「リスクが変わらない解析もひとつはあるでしょ」というだけのものであり、こういったそもそもリスクが単一の研究では変わらないものを統合してみようというのがメタアナリシスのやり方であるので、これを指摘して「とったどー」的な主張をされてもどうしようもないと思う。
しかも、この原著論文はそもそも、「能動喫煙で多臓器のがんがどうなるか」をみているので、サブ解析である「受動喫煙で肺がんがどうなるか、しかもそのうちの女性」だけ取り上げられてもなあ...という気分になった。
 

今回用いられた複数の独立した疫学研究を統合して解析する手法は、選択する論文によって結果が異なるという問題が指摘されており

正しい。正しい、けど

むしろ、ひとつの大規模な疫学研究を重視すべきとの意見もあります(※)「新しい疫学」(財団法人 日本公衆衛生協会)

これは疫学の素人()は知らなかったので参照して勉強しようと思った。
 

今回の選択された9つの疫学研究は研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したものです。

とは言っているが、論文ではサブ解析として、コホート研究のみ/症例対照研究のみにした解析や、1984-90 年代と2001-2013 年代と時代を分割した解析、食生活などの生活習慣などで分類した追加解析をしており、いずれも平均してリスクは1.3倍、下限をみても有意にリスクは上昇するという結果を言っている。
 
個人的に、この論文に文句をつけるとするならば、メタアナリシスでリスクを統合するときにfixed effects か random effects model を用いるわけだが、研究間でのばらつき heterogeneity を見てから決める、みたいなことが書いてあったが、forest plot を見てもそうだし「リスクが下がる()という結果もある」という論文が出ているのもあることから、どう考えても事前にrandom effects model を宣言しておくべきじゃないかと疫学の素人()は思った。結局、random effects model を採用しているし、このあたりは瑣末な話だけど。
 
結論:たばこ減ったらいいと個人的には思う。