血液1滴で複数の癌が95% 早期発見できる

MikuHatsune2017-07-24

血液1滴を検査するだけで、各癌腫特有のmicroRNA を検出して癌であるかどうかを95% 以上の精度で判定するらしい。
https://medical-tribune.co.jp/news/2017/0724509666/
ネットでは称賛の嵐のようである。
よくよく記事を読むと、どういう理屈で癌を判定しているのかがわからないし、癌であることが分かっている4万人を検査した、とあるので感度はわかるが特異度がわからない。
 
検査をすることをT, 陽性がT^+, 陰性がT^-
癌であることをC^+, 癌でないことをC^- とすると
報道で言われているのは、4万人の癌(とわかっている患者)の血液からmicroRNA を検査すると、95% は陽性だった、ということなので
P(T^+|C^+)=0.95 となる。これはいわゆる感度である。
 
問題は、検査であるので、
本当は癌C^+ なのに検査をしたら癌ではなかったT^- を減らすこと(偽陰性
本当は癌でないC^- のに検査をしたら癌だったT^+ を減らすこと(偽陽性
を考慮しないといけない。なぜなら、癌を見逃すことは癌そのものが重大な病気なので不利益が大きいし、癌を誤発見することはその後、いくつもの検査を受ける羽目になるので肉体的、精神的、費用的な損失が大きくなる。
さらに、偽陽性で問題なのが、いま4万人の癌C^+ であるとわかっている患者を対象に検査をしたので、癌の見逃しだけが問題だが、検査をうけるだろう潜在的な集団は、4万人の100〜1000倍いる。つまり、今回の報道と同じように、95%の 癌を検知できる(感度)と同じように、95% 癌でない人を癌でないと見抜ける(特異度)としたとき、400万人いたら20万人、癌と誤診されることになる。
 
現実には、ある集団に対してどれくらいの割合が癌C^+ であるかはわからないが、疫学的にはだいたいこれくらいというのがわかる(事前確率)。この検査を検診(健診)に組み込むなら、症状のない人、ということになるので、高々1% も癌である人はいないだろう。なので、癌である人C^+ は圧倒的に少ないかつ癌でない人C^- は圧倒的に多いという条件で、癌であると検出しかつ癌でないと見抜く性能を高めないといけない。
 
医療統計的には、
P(T^+|C^+)=Sn:癌である人を癌と判定する感度
P(T^-|C^-)=Sp:癌でない人を癌でないと判定する特異度
P(C^+)=1-P(C^-)=p:検査を受ける集団で癌の人がどれくらいの割合いるかの事前確率
という条件のもとで、
P(C^+|T^+):検査が陽性のときに、本当に癌である確率(事後確率)
を求めることになる。
これにはベイズの定理 で書くことができて、
\begin{align}P(C^+|T^+)&=\frac{P(C^+,T^+)}{P(T^+)}\\&=\frac{P(T^+|D^+)P(D^+)}{P(T^+)}\\&=\frac{P(T^+|D^+)P(D^+)}{\sum_C P(T^+|C)P(C)}\\&=\frac{P(T^+|D^+)P(D^+)}{P(T^+|C^+)P(C^+)+P(T^+|C^-)P(C^-)}\\&=\frac{p*Sn}{p*Sn+(1-p)(1-Sp)}\end{align}
となる。
感度が0.95 のとき、事前確率と特異度を色々変えてみて真に癌である人を癌と判定する性能を確かめてみる。
癌の事前確率は0.1% くらいだろうから、特異度99.9% くらいないと偽陽性祭りである。
 

post <- function(pre, sn, sp){
  res <- array(0, sapply(list(pre, sn, sp), length))
 for(pre1 in seq(pre)){
   for(sn1 in seq(sn)){
     for(sp1 in seq(sp)){
        res[pre1, sn1, sp1] <- (pre[pre1] * sn[sn1]) / (pre[pre1] * sn[sn1] + (1-pre[pre1])*(1-sp[sp1]))
      }
    }
  }
  return(res)
}

pre <- c(0.1, 0.01, 0.001)
sn <- 0.95
sp <- c(0.9, 0.95, 0.99, 0.995, 0.999)
mat <- post(pre, sn, sp)[,1,]

matplot(sp, t(mat), pch=15, type="o", lty=1, lwd=3, xlab="特異度", ylab="真の癌")
legend("topleft", legend=pre, title="事前確率", col=seq(pre), pch=15)

こんな論文を教えてもらったBMC Bioinformatics. 2017 Jan 13;18(1):32. のだが、これは感度95% 以上特異度100% のものがいくつかある。
 
早期発見で死亡率減少につながる可能性、と言っているが、例えば癌として挙げられている乳癌は、早期発見したから予後がいいのか、予後がいいから小さいままでずっといて小さいままで発見されたのかN Engl J Med 2017; 376:2286-91 という話で、予後がいいから十数年単位で大きくならずにいるのではないか、という仮説だし、
前立腺癌はPSA でスクリーニングすることが死亡率を下げるかというと(泌尿器詳しくないけど)基本的には高齢者がかかって、かつ経過観察でもそんなに進行しないタイプが多い(多分)し
肝臓癌はHBV/HCV 関連の発癌がほとんどで、HCV については特効薬ができているのでそんなに寄与するのか謎だし(ウイルスを介さない肝臓癌はもちろんある)
13種類の癌を鉄砲打ったところで本当に死亡率が下がるのかは謎なので、今後の研究に期待したい。
(と思いたいけど、報道の時点で?? という印象しかない)