急速導入のセリック手技はしなくてもいいのではないか

読んだ。
Effect of Cricoid Pressure Compared With a Sham Procedure in the Rapid Sequence Induction of Anesthesia: The IRIS Randomized Clinical Trial.
JAMA Surg. 2018 Oct 17. doi: 10.1001/jamasurg.2018.3577.
緊急手術時の急速導入で、セリック手技するかしない(Shamという)で、挿管時の嘔吐リスクがどうなのかを非劣性試験で試したもの。
結論から言うとSham の非劣性は示せなかったので、この記事のタイトルだけを読んで「セリック手技しません」というのはやめておいたほうがいい。
 
ASAPS2 程度までの、なんのリスクのない虫垂炎や胆嚢炎は任されるようになったが、それでも導入時はフルストマックなので嘔吐、誤嚥のリスクはつきまとう。
手術場で嘔吐されたことはないが、研修医のときにERで若い男性のイレウスに胃管をいれたらドボドボ吐かれてクソ日和ったことと、バイト先で朝起きてこない高齢女性が息も絶え絶えでSpO2 80台で搬送されてきて、挿管しようと口を見たら真っ青で、挿管時にこれまたドボドボと青い液体を吐かれて、吸引してもズルズル青い液体が引けて犯人はロヒプノールでした、ということはあった。
というわけで、この論文では挿管時の嘔吐発生事前確率を2.8% に設定しているが、根拠とした論文は手術場以外のすべての挿管状況を含んでいるので、けっこう高い印象である。セリック手技は誤嚥を防ぐためにしたほうがいいと45年前に言われたらしいが、それを支持する強固な証拠というのがあるのかというとそうでもないらしい。成書には「してもしなくても…」とは書いてあったのをみたことはある。でも書かれている以上、やっておくのは無難だと思われる。
 
試験は有意水準0.05、検出力0.8で、両群それぞれ1700例程度が必要となった。primary outcome は挿管直後の誤嚥で、セリック手技では10/1784 (0.6%), Sham では9/1736 (0.5%) 例の誤嚥が生じて、Sham でも全然いけるやん、と思ったらRR は最大で2 になるため、非劣性は示せなかった。というのも、本文でリスクが95%CI 上限で1.5 を超えないときに、非劣性を示す、と定義したので、非劣性かどうかでいうと、統計学的には非劣性を示せなかったようである。これは事前確率を2.8% と設定したものの、実際に手術室で用意万端(プロポフォールと、ほとんどがサクシニルコリンで導入)の状態で挿管するので、誤嚥の発生は高く見積もり過ぎてた、ということらしい。
誤嚥するときの事前確率が0.6% だった場合に、非劣性を示すのにどれくらいの症例数が必要だったかというと、もともとの2.8% のときは1.5 倍(4.2%)までを許容する、と考えればこんな感じになる。ずれてはいるが2100人くらいは各群に必要、つまり4200人はリクルートされないといけない。

power.prop.test(p1=0.028, p2=0.028*1.5, sig.level=0.05, power=0.8, alternative="one.sided")
     Two-sample comparison of proportions power calculation 

              n = 2129.728
             p1 = 0.028
             p2 = 0.042
      sig.level = 0.05
          power = 0.8
    alternative = one.sided

NOTE: n is number in *each* group

 
0.6% の事前確率のときは、1.5倍して0.9% までを許容するので、差が小さいときには非常に大きなサンプルサイズを必要とする。各群で10000人は必要となる。

power.prop.test(p1=0.006, p2=0.006*1.5, sig.level=0.05, power=0.8, alternative="one.sided")
     Two-sample comparison of proportions power calculation 

              n = 10225.93
             p1 = 0.006
             p2 = 0.009
      sig.level = 0.05
          power = 0.8
    alternative = one.sided

NOTE: n is number in *each* group

 
Sham は非劣性だったけれども、secondary outcome としては、セリック手技したほうが挿管までに時間がかかる(27秒 vs 23秒)とか、結局セリック手技を中断するはめになって、セリック手技をやめたらCormack が改善した(62% vs 33%)とか、挿管すること自体に影響を与えるようである。初回挿管成功率はどちらの群も92% だった。
フランスの報告だが麻酔看護師が60% 程度挿管に携わっているようである。ほへぇ。
 
まともにセリック手技というものを教えてもらったことがないのであれだが、30N の圧力でthe first 3 fingers(親指、人差し指、中指のことでいいの?)を使ってC5 に向けて押す、ということらしい。論文では50ml シリンジを使って、40ml の空気を33ml にまで圧縮するくらいの押し具合がそうなるようで、これを使って教育したらしい。